「だいたい旦那は俺様の気持ちを全っ然わかってない!」
大一声、そう慟哭したのは武田のとこの猿飛佐助であった。ちゃぶ台に打ち付けた手の平に湯飲みが揺れる。
「今日はどうなさいました?」
いつものことと余裕の表情を見せるのは前田家の妻。
俺はといえば少々驚いてしまっている。至近距離すぎたせいか、いや情けない事だが。
「いつもいつも修業中に口を開けばお館様お館様お館様…」
「ああ成程」
「仕方ねえべさ、赤い兄ちゃんからしちゃ武田のおっちゃんは師を通り越して神。ファンがご神体を激しく敬うのは当然だべ。」
「いつきちゃんのとこと一緒にしないでくれる」
「だっはっはっは!」
「わかるよアンタの気持ち、俺んとこもさあ口を開けば秀吉秀よ」
「このお茶請け美味しいね…」
「でしょう、実は先日元親殿から土産と頂きまして」
「聞けよぅおー!!」
「気にすんな空気」
「一言余計なんですけど!」
「うるさいですよ空気」
「空気って言うなァァ!」
「相変わらずだな、ここは」
いつもの光景ながら騒々しさに思わずため息が零れた。
武田の、前田の、風来坊、農民の、浅井の、…今日は上杉のと織田のがいないか。たまにだが徳川のとこの本田や、豊臣のとこの竹中が来ることもあるが、大体毎回こんなメンバーだ。
「今日はいつになくテンション低いねぇ右目の旦那」
また竜なにかやったの?と、俺のため息に勘良く気付いた佐助が側に寄ってくる。
「なんでもねぇよ」
「あ、そう?」
嘘が下手だねー、とかなんとか片手をひらひら振って笑うので、額宛てにデコピンを一発喰らわせてやった。穿月で。
「っだあああ!ねえよそれはねえよ旦那ぁ!」
「安心しろ、峰打ちだ」
「峰打ち!?これヒビ入ったんですけど!」
「頭蓋骨にヒビが入りてえか?」
「ちょっ風来坊、殺される俺殺される!」
「おいおい八つ当たりはよくねえな小十郎、いい男が台なし…」
「成程、次はてめえか…」
「申し訳ありませんっした!こら隠れんな佐助!」
「一体なんの騒ぎです?」
そんな様子をのんびり鑑賞していたらしい前田のまつが、クスクス笑いながら声をかけて来た。
ようやく俺は落ち着きを取り戻す。いけねえな、どうも。今日は調子が悪い。
前田の風来坊の言葉じゃねえが、確かに八つ当たりに近かった。
「市が…当ててあげる…」
もう退散するかと考えていると、不意に至近距離に詰めて来た魔王の妹に心臓が止まるほど驚いて危うく叫びそうになった。
せめて戦場で死なせてくれ…!
「おっ、市のお得意読心術だべ!やんややんや」
「今から…市の身体にあなたの背後霊を降ろして全てを暴露します…」
「待て待て待て待て!!」
「貴方に拒否権は…ないの…」
「あ、まつ姉ちゃん俺帰る」
「俺様も洗濯物干しっぱなし…」
「はい参加者も強制にこざいますよー、埋めろ三郎丸」
「嘘だろおぉ!」
「わああ見たくない誰か助けてー!!」
…結局、今日も今日で何がなんだかわからなくなった井戸端会議は、多少の記憶障害を残して終了した。
一体なにが呼び出されどうなったのか、俺は覚えちゃいないが、妙にニヤついているまつ、いつきを見て最悪の事態が予測される。
冗談じゃねぇ。こんな恥晒しがあってたまるか!
一思いに殺してくれ。
「そんで小十郎は結局なにか悩みでもあったのかい?」
何も覚えてないんだよね…と、黒い手に生気を吸い取られ倒れた慶次が問い掛ける。
「片倉君が悩み?珍しいね。慶次君が無様に倒れることはよくあるとしても」
「お前は見舞いに来たのか笑いに来たのか」
「少なくとも見舞いではないな」
「まつ姉ちゃん…俺泣きそう」
「男児たるものこれしきで泣いてはいけませぬよ」
そう言ってやれば、二人とも嫌いとふて腐れ布団に潜る慶次。
その隣で、いくらか顔色の良い客人は盛大にため息をついた。勿論、慶次に聞こえるようにだろう。
「片倉くんは何を?」
「そうですねぇ…」
教えてあげてもいいのだけれど、教えてしまえば面白くない。
同じ参謀として余程興味があるのか、やけに食いつきのいい半兵衛を焦らすように、まつは腕を組んで微笑んだ。
「人間万事塞翁が馬、にございまする」
「は?」
「なんだかんだ不平不満を言ったところで、何が幸いになるかならぬかは本人次第運次第。」
「え、で、それがなにか関係があるのかい…?」
「それすら含めて彼の人と想うか、という事ですね」
「ええと、よく理解出来ないな」
「例えばまつが犬千代様になにか不満があったとしましょう」
「ない方がおかしいが」
「しかしまつは治して欲しいと思う反面、治さずにいて欲しいとも思う。それがなくては犬千代様ではありませんから。」
「それは、人間らしい考えだね、実に」
「それが答えなのですよ」
「…?で、結局片倉くんは何を悩んでいたんだい?」
「ふふ、従者たる悩みですよ」
まつが愉快そうに笑う。
半兵衛は首を捻ったまま、ため息混じりに慶次の背を小突いた。
伊達の畑からは、小十郎のくしゃみが数度響いていたという。
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