ある朝、登校するなり毛利君とかすが君が妙な提案を持ちかけてきた。
「おいお前、秀吉とベストエンディングを迎えるための重要なフラグを見逃しちゃいないか」
「ふ、上杉のよ、竹中にそのような反則的裏技をググれるだけの勇気と希望があると思うか?」
毛利君が希望とか言うと条件反射で蕁麻疹が出るらしい政宗君が、教室に入ってくるなり首元を掻き毟りながら倒れた。
足音がひとつ多いぜと呻き血を噴き出している。
「ないな、引き篭もりが図書館背負ってなんとか登校しているような紫もやしが」
「喘息持ちで満足に音読も出来ない紫もやしが」
「昨日も今日も恋恋うっざい奴にマスタースパークかまされてヒィヒィ言いながらサポシられる姿が目に見えるな」
「しかしそやつにだけは強気な紫もやしだ、少しサポシられたところで痛くも痒くもないよと夜に膝を抱えてわんわん泣きじゃくるそんな紫もやし」
「なんて美味しそうなんだ」
「ひとつ白昼堂々食してみるか?」
「それはナイスアイデ」
「お前ら」
「なんだ青魚の」
「青魚の分際で立って歩いて喋って息をするでない」
「いちいち人外扱いすんな改めて考えてみるとその通りだ笑えるだろみたいな顔すんの止めろオオオオオ!ペンギンとか黒衣装がゴキブリみたいだとかそんな世間の目なんて気にしないし?お?やんのかコラ泣かねえぞ?」
「はっ!しまった独眼魚に構っている間に竹中が逃げ出した!」
「これだから独眼魚は、食えもしないし他の魚は逃がすし全く価値がないな」
「ぐおおぉぉおぉぉおどこまでもむかつくううううぅぅうぅうぅうぅ!!!!」
政宗君を肴に全力で逃げ出した僕だったが、基本的に体力を気力でカバーしている喘息持ちに階段は死亡フラグだったようだ。
冗談じゃなく死にそうに血の気のない顔をして階段下で嘔吐感を堪えていると、なんとそこに恋恋うるさいマスタースパーク野郎が。
「ひぎゃあ!あああぁぁ痛い痛い!いで、ぇぇあ・・はん半兵衛!?」
頭が可哀相に。
僕を幽霊か何かだと勘違いしたようで、一瞬で膝が砕けて腰が抜けて階段を盛大に転げ落ちた彼が、打撲した背中を押さえながらようやく幽霊の正体に気がつく。
くそ無駄に身体だけは丈夫な奴め。
羨ましくなんかないんだからね別に。
「ちょ、大丈夫かよ顔色が生きてる人間じゃないよ!?元から白いけど!」
途端に発作を起こして咳き込む僕の背中を、無骨な風貌からは想像もつかない程に優しい手付きで味わうようにじっくり撫で回し始める。
「変態みたいな説明やめてくれる!?」
気安く触らないでくれたまえ、という言葉も喘息中の僕には紡げない。
そもそも誰かが階段を転げ落ちて塵と埃を舞い上げてくれたお陰の発作だということを、この脳みそパーリィな男はわかっているのだろうか?
「保健室行こう、な?」
終いには喘息が治まらず死に掛ける僕に、有無を言わさず無駄に長くて暑苦しいポニーテールと同じにしようとし出す。
冗談じゃない、僕を毛束と一緒にする気か。
「おんぶって言うんだよ半兵衛・・・泣くよ?」
なんてことだ。
喘息で呼吸器官がやられている人間の胸を背中で圧迫しようだなんて、計画的殺人か?
「・・・ぐすん、お姫様抱っこでいい?」
ふざけるな。
そんな残虐非道極まりない公開処刑がこの法的国家で許されると思っているのか。
こんなところで秀吉ぃ・・・すまない・・・。
「お、おいはんべ・・・?やべ、しっかりしろ、保健室どころか救急車!せ、先生~!!」
目が覚めると僕は見知らぬドレスを着込まされていた。
目の前には毛利君とかすが君。
それから浅井先生と市先生、政宗君に、何故か簀巻きにされている慶次君の姿が見えた。
情報をうまく言語化できない。
毛利君とかすが君と簀巻きにされた慶次君だけがいるのならば状況の理解は明らかだったが、ありがたいことに三人も常識人がいてくれている以上、何故僕がドレスを着ているんだという謎は解かれない訳だ。
「気がついたか竹中」
いつも怒ったようにしている浅井先生がいつも通りに眉を寄せて声をかけてくれる。心なしかホッとしているようだ。
よかった、僕はまだ正常に生きているようだ。
「一時はどうなることかと思ったぞ」
「ね、長政様・・・竹中さんはまだ白玉楼には逝ってないって言ったでしょう・・・?」
「むしろお前が幽々・・・い、いやなんでもない!」
「びっくりしたぜ竹中、毛利とかすがが全速力で後を追い出したから着いて行ってみれば」
遠慮なく額に手を乗せて熱を見たあと前髪を撫でまわす政宗君。彼の手は妙に熱い。
どうでもいいがここはどこだろう、保健室ではない・・・。
そして誰の意にも介されない簀巻きの慶次君の意味は?
「演劇の練習中に倒れたんだってな、慶次は捕らわれた雑魚の練習中だったからなんの役にも立たなくて危うく死ぬトコだったんだぜ?」
ああ、今全てを理解したよ。
毛利君とかすが君が後ろで金属製の黒光りするトンカチを二本振り上げている。政宗君の頭目掛けて。
なるほど、彼の安否は僕の返答次第だと言う事か。
政宗君がこれくらいで死ぬとは思えないが、しばらく頭から流血して一日くらい倒れ伏すことになるだろう。その前にかなり痛そうだ、僕なら死ぬ。
浅井先生は何も気付いてない様子で、適切な容態確認を施してくれていた。脇腹を触られるとくすぐったい。
ところで市先生はといえば、毛利君とかすが君がトンカチを振り上げているその後ろにいた。後ろにいて、ただぼんやりと成り行きを見守っている。
あ、危ない、もしかすると政宗君はショックによる一時的な気絶の合間に魂を掠めとられるかもしれない。
ここまで計算に入れていたのか、なんてことだ毛利君&かすが君。
君達はこうも利害が一致する仲なのにどうして夫婦じゃないんだ。
「馬鹿め・・・酸性とアルカリ性を混ぜて何が産まれると思ってる」
「人として無差別殺人を起こすのはいけない事だ」
何か言っている。
前半は当たっているのに後半だけ矛盾した何かを。
「なに、悪い交換条件じゃない。既に我が手中には三人の命が握られている事を知れ。」
市君が自然に抜かれているということは、やはり美味しく頂くつもりだった。怖い。
「何をふざけてるんだ毛利、上杉。こんな時まで装置造りは感心だが、塵が飛ぶのは喘息に悪いから控えろと言っているだろう。」
「大丈夫だ、さっきから丸い空気清浄機を回しっぱなしにしているからな。」
「おいおいこいつはANTIじゃなくてAROVOの方だぜパチモンかよ」
「ソリューションは勿論バンブーだ、竹中だけに
」
「そこだけ本物かよ!」
「ユーカリの方が喉にいいぞ」
「竹中だけにの方に突っ込む奴が誰一人いないとはな、これだから主気取りは」
・・・こうしてなんだか面倒くさくなった僕は、ドレス姿で起き上がる事になった。
「なんなの?演劇って?」
起きてすぐ、忘れ去られていた慶次君の縄を解いてやる。
別に気になってた訳じゃないよ。
「半兵衛を運んでたら急に目の前が真っ暗になってそれからの記憶がないんだけど、いつの間に演劇をやる話になったんだ?」
あっけらかんと喋る彼だが、どうやら脳がやられてしまったらしい。
それまでの記憶がないのにいきなり演劇をやる話になるなんて現実的におかしいだろう。
「物忘れが激しいのも大概にしろ前田、死ね。」
「魂ごと失せろ。」
「酷くね!?」
「いつもの事だろうが」
大体の事情を察した政宗君が深いため息をついた。
もう僕ら含め自分が物理的に逃げられないということも理解してしまったらしい。
「で、どんなのをやりたいんだだよ」
「まだ仮名称だが、その名も『拘束姫~やがて鳥は自ら籠へ~』」
「タイトルだけで内容が全て丸見えな件についてなんですが、却下」
「なんでだ」
「アホかアアアッ未成年の分際でやっていいものと悪いものの区別くらいつけろよ将来の夢はAV監督なのてめえら!そもそも演劇の舞台上でナニやらかすつもりだPTA呼ぶぞ!!」
「そんな矮小な存在のドコを恐れろと言うんだ、PTAも我が駒の一つよ」
「しかし毛利、確かにタイトルからして内容が露見するのは頂けないな。もう少しモザイクのかかった名前にしないか。」
「ふむ、確かに政宗の言い分も一理あるな。」
「舞台上での 公 序 良 俗 を守りましょうって言ったつもりなんだけどね俺は?」
頭がくらくらする。
眩暈を起こして気絶しかけの僕の膝元に、ばさりと台本が落ちた。
これが台本だと渡され今まで読んでいたもの、慶次君が落ちたそれを拾い上げて、興味ありげに中を覗き込み・・・悲鳴を上げて気絶した。
彼にはまだ早かったらしい。
「・・・政宗君、逃げられる確率は?」
「0%。・・・出来るだけ守ってやる。」
果てしなく苦笑いに近かったが彼の精一杯作ってくれた笑顔には、ただならぬ決死の覚悟が滲み出ていた。
僕の髪を無造作に撫でる傍らで、もう一方の手が懐の中で何かを確認するように動く。
「大型肉食獣よりタチが悪いぜ」
バランスを崩して政宗君に寄りかかると、じゃらりと重い音を立てた鎖が僕の首輪を引っ張った。
その時、政宗君はいざとなったら慶次君を餌にして逃げ切ろう、と本気で思っていたらしい。
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ごめんなさいホントなんだろうこれは(笑)
微妙に絵と話があってないのは置いておいて、慶半のつもりがあれれ?政半だよ?という書いてる人が一番驚いたオチに。
いえ、主犯は絵の段階で毛利のつもりでした。
淡い人間なもので、水彩の方が性に合ってるんじゃないかと思って試しに描いてみたんですが、第一弾が半兵衛無理やり女装なのはとても良い事だとおもいます。
やっぱり半兵衛は可愛いよ!ってことでひとつ☆